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アンナ・スヴェルドストローム選手が東京パラリンピックで2つの銅メダルを獲得

Japan – 10月 07, 2021, 11:00 午前

インフォアのプロジェクトマネージャーと視覚障がいのあるチームメートがパラサイクリングで目標以上の成果を達成

スウェーデンのパラリンピック選手であるルイーズ・ヤナリング(Louise Jannering)とアンナ・スヴェルドストローム(AnnaSvärdström)が、東京パラリンピックの銅メダルを披露。写真提供:スウェーデン・パラリンピック委員会

彼女たちの目標は、スウェーデンのチームを作り、東京パラリンピックに出場することでした。パラリンピックは、パラスポーツ最大の競技大会です。どのチームも世界最高レベルで、その中で最下位になるのは簡単なことです。

インフォアのプロジェクトマネージャーであるアンナ・スヴェルドストローム(Anna Svärdström)は、次のように回想しています。「具体的な目標は設定しませんでした。ただ私たちのベストを尽くしたかっただけです。」

しかし結局は、アンナは、視覚障がいのあるチームメートのルイーズ・ジャナリングさん(Louise Jannering)と共に、パラサイクリングの最初のレースとなったタイムトライアルで銅メダルを獲得しました。「メダルを取るなんて、とんでもないことです。」

レース後のルイーズ・ジャナリングさんとアンナ・スヴェルドストローム

しかし、その栄光に甘んじてはいられませんでした。さらに長く過酷なロードレースが3日後に控えていたのです。すでに目標以上の結果を残した彼女たちは、すぐに「メダルを2つ取ろう」と闘志を高めました。

「まずは、リラックスして次のレースのことを考えないようにしていました。でも雨が降っていて、しかもひどい雨だったので、気分が落ち込んでしまいました。」
新型コロナウイルス感染症による制限で、観光や買い物に行けず、パラリンピックの他の競技を見ることさえもできませんでした。彼女たちは、東京から2時間離れたサイクリング施設と選手村にしか行くことができませんでした。

そこでルイーズさんは、スウェーデンで人気のクリスマスポップソングに合わせて歌詞を書きました。スウェーデン語で、クリスマスは「Jul」、車輪は「hjul」となり、綴りは異なりますが同じ発音です。そこで、「もっとクリスマスを、もっとクリスマスを」と歌う代わりに、「もっと車輪を、もっと車輪を」と歌いました。レースのことを考えないように、彼女たちは曲を録音してチームのFacebookページに投稿することにしました。「こうすることで元気は出ましたが、まさかこんな風にレースの準備をすることになるとは思っていませんでした」とアンナは語っています。

ルイーズさんが書いた「パラサイクリングの歌」を宿舎部屋で歌う二人

そしてロードレース当日、彼女たちの準備は万端でした。アンナは、次のように語っています。「あの日、スタートラインに立ったどの他のチームにも、今年は負けていました。でも、パラリンピックにはなんとかベストコンディションで臨み、非常に良いパフォーマンスを出すことができました。」

アンナは、次のように語っています。「タイムトライアルには強いのですが、ロードレースでは強いだけではダメです。戦術的で賢くなければなりません。しかも雨がひどく降っていました。私は、雨の中で坂を下るのは好きではありません。54歳の私には、ターンで大きなリスクを冒すのは年齢的に厳しいのです。それでも、レース中、私たちは誰よりも先に下り坂を走行していました。」

ルイーズさんは、次のように語っています。「アンナは、新しいことを学ぶには年を取りすぎているとよく言っていました。でも、それは違います。彼女は今年になって、さらに素晴らしいタンデムパイロットになったのです。」

レース中盤、スウェーデンチームは、アイルランドと英国チームとともに、何とか先頭グループを走っていました。「銅メダルに終わった時は、銀メダルを失ったような気持ちでした。なぜなら、2位チームに1メートルしか遅れていなかったからです」とアンナは語りました。しかしブロンズでも見事な功績です。

スウェーデンの銅メダリスト、ルイーズ・ヤナリングとアンナ・スヴェルドストローム(右)、アイルランドの金メダリスト、英国の銀メダリストと共に表彰台に立つ。写真提供:スウェーデン・パラリンピック委員会

経験豊富なチャンピオン
アンナがルイーズさんとペアを組んで自転車競技を始めた時、アンナはすでに経験豊富な世界自転車選手権の個人チャンピオンでした。アンナは、2017年の世界自転車選手権女子50歳以上で優勝し、2001年のハワイ・イアンマン世界選手権では総合20位に入賞しました。また彼女は、クロスカントリースキーでも国際的に活躍しています。

アンナは次のように語っています。「わたしはとても負けず嫌いです。トレーニング中毒だという人もいますが、私はむしろレースにはまっているのです。」

二人の始まりの経緯
ルイーズさんは、病気で徐々に視力を失い、6歳には完全に視力を失いました。18歳の時、スポーツキャンプでタンデムレーシング用の自転車を体験して以来、パラサイクリングに興味を持つようになりました。

ルイーズさんのパラリンピックのプロフィールには、次のように書かれています。「すっかり夢中になりました。スピードと風が、私に大きな解放感を感じさせてくれます。信じられないほど生きていると実感します。」

2014年、レース仲間の一人がアンナにルイーズさんを紹介しました。「彼の問いかけは的確でした。『君は自転車でとても強い。そして僕の知っている視覚障がいのある少女はタンデムレーシングのパイロットを必要としている』と言ったのです。」

「私たちは、あまり多くは求めずに、少しずつ始めました。私が知っているすべてのことを彼女に教えるのは楽しかったです。そこから始まりました。」

パイロットのアンナ・スヴェルドストロームとストーカーのルイーズ・ヤナリング。写真提供:スウェーデン・パラリンピック委員会

パラサイクリングとは?
パラサイクリングでは、「パイロット」が前に乗って操縦し、変速、制動します。障がいのあるパートナーは 「ストーカー」として後に乗ります。二人が1本の駆動チェーンを動かします。二人のサイクリストのペダリングが100%同期することは決してないため、そこで多少の動力が失われます。

アンナとルイーズさんは、チームとして最適なパフォーマンスを出すためのトレーニングを積んでいます。例えば、アンナがどのようにカーブを曲がるか、レース中にどのようにコミュニケーションを取って、動きを同期させるかといったテクニックです。「ルイーズの力が今すぐに必要な時は、『プッシュ!』と叫びます。また、声掛けによって彼女が楽にしていい時、ペダルをこぐのをやめてもいい時を伝えることもあります。もし彼女が前進中に私が完全に足を止めてしまったら、彼女の膝に負担がかかってしまいます。」

彼女たちは、個人練習を行うことが多く、ルイーズさんはサイクリングマシンで、アンナは路上を走り、冬にはサイクリングマシンで仮想レースを行います。レースのために移動する時は、アンナの行動がルイーズさんのガイドになります。二人は毎日24時間一緒に過ごすことで、とても親しくなりました。

「タンデムサイクリングというのは、チーム戦です。ペダルをこぐ力だけで、パフォーマンスが決まるわけではありません。戦略、信頼、仲間意識も重要な要素です」とアンナは語っています。

アンナ・スヴェルトストロームとルイーズ・ヤナリングがロードレースでリード。 写真提供:スウェーデン・パラリンピック委員会

東京への道
アンナがベストな身体的コンディションを維持していた数年間、ルイーズさんは調子を上げ続けてきました。それは、彼女たちのレース結果として表れ、より大きなレースで着実に順位を上げていきました。

2019年9月、彼女たちは、スウェーデン・パラリンピックチームの選手候補に選ばれました。「とても嬉しかったです。選手候補者の合宿に参加して、東京の気候やメディア対応のトレーニングを受けました。」

次に、彼女たちとスウェーデンのパラサイクリングチーム全員は、東京五輪への出場権を得るために、国際大会でポイントを獲得しなければなりませんでした。「それだけでなく、私たちはメダルを取れるほど強いとスウェーデンのパラリンピック委員会を納得させなければなりませんでした。しかし、内心はそこまで強いとは思っていませんでした。」

しかし、今年6月にポルトガルで開催されたパラサイクリング世界選手権では、4位と5位入賞という過去最高の成績を残しました。そして6月30日、彼女たちの代表チーム入りが確定しました。

オリンピックにて
「東京の気候は、私たちの最大の課題でした。」とアンナは語っています。スウェーデン人は、東京のように高温多湿な環境には慣れていないからです。

彼女たちの携帯電話には、GPS追跡装置が付けられており、開催当局は新型コロナウイルス感染者との接触の有無を把握できるようになっていました。彼女たちは、毎日新型コロナウイルスの検査を受け、レース時間直前までマスクを常に着けていなければなりませんでした。「あれはひどかったです!スタートラインに上がる時に自由に息ができないのです」 とアンナは語っています。

選手たちは競技以外に選手村のバブルを抜け出すことは許されませんでした。観光にも買い物にも行けません。

アンナの夫であるニクラス・アルデン氏は、スウェーデンのサイクリングチーム全員の整備士を務めていたことから、同行を許可されました。アンナは、次のように話しています。 「いつもレースに出かけているので、チームの整備士になることが、私と一緒に過ごす唯一の方法だと彼は言っていました。」

ロードレースで英国チームと接戦を繰り広げるアンナとルイーズ。写真提供:スウェーデン・パラリンピック委員会

メディアの熱狂

結果的に、二人は2度メダルを取ることになり、2つの銅メダルを獲得しました。1つはタイムトライアル(接近戦のない32キロレース)で、もう1つはロードレース(全チームが一斉にスタートして競い合う92キロレース)です。

「信じられないほど多くのメディアから注目されました。これまで私が優勝しても、こんなに熱狂したことはありませんでした。特別な試合ですね」とアンナは驚嘆の声で語っています。

アンナとルイーズさんは、スウェーデンのTVやラジオ、新聞の取材を何度も受けました。彼女たちの写真と記事は、スウェーデン国内最大紙の1つであるDagens Nyheterの一面を飾りました。

また最近では、スウェーデンのテレビのトーク番組に生出演も敢行しました。アンナはこれを機に、パラサイクリングからの引退を発表し、ルイーズさんと共にチームを組む後任者を募りました。

ルイーズさんは、アンナがパイロットでなくなることを残念に思っています。しかし、54歳のアンナは能力の限界を感じており、24歳のルイーズさんには、新たに長期的なパートナーが必要です。

インフォアでのアンナ
アンナは、ストックホルム近郊にあるインフォアのキスタオフィスにおけるプロジェクトマネージャーとしての仕事と、レース活動を両立させなければなりません。

「私は、時間のやりくりが割と得意です。インフォアは、私が練習や競技に臨めるように柔軟に対応してくれることで、私を支えてくれているのだと、いつも感じていました。今年は、私が不在になることが多かったのですが、みんなとてもよく理解してくれました。これ以上は望めないほどでした。」

彼女はレースでの勝利をチームにあまり語らなかったのですが、ルイーズさんと共にチームのFacebookページに投稿し始めて以来、同僚たちはずっと彼女たちを見守ってきました。

インフォアのグローバル・イネーブルメント&エデュケーション担当シニア・マネージャーのシャルマラ・シャルヴァナンダン(Sharmala Sharvanandan)は、次のように語っています。「彼女たちが2つの銅メダルを取った時、私たちは皆、大きな興奮と誇りを感じました。アンナは本当に素晴らしいです。」

これが頂点?
パラリンピックでメダルを取ることは、競技における最高の成績です。アンナは徐々にパラサイクリングから離れるものの、個人としての競争は続けるつもりです。

「私はレースが大好きです。だから54歳になってもまだ続けているのだと思います。今でもほとんどの女子に勝てると思っています。そして、本当に勝つこともあるのです。」

アンナとルイーズのチームのFacebookページをぜひご覧ください。
アンナの2017年世界選手権に関するインフォアのブログ記事はこちら

アンナとルイーズがパラサイクリングのタイムトライアルのレース中に見せる見事なフォーム。写真提供:スウェーデン・パラリンピック委員会
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